福岡地方裁判所田川支部 昭和44年(ワ)137号 判決
原告
山中多賀子
ほか一名
被告
岩丸産業株式会社
ほか一名
主文
原告らの請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は「被告らは各自原告山中多賀子、同山中ロクに対しそれぞれ金一五〇万円を支払え。」との判決を求め、その請求の原因として
一、本件事故の発生
被告林律蔵は岩丸産業株式会社の従業員として雇われ常時自動車運転の業務に従事しているものであるが昭和四二年一一月九日午前七時一五分頃普通貨物自動車北九州1す一二〇三号を運転して福岡県田川郡香春町大字鏡山一、六八七の一番地先二〇一号国道において行橋市方面に向け進行中突然北九州市小倉区に用件があることを思い出し小倉方面に向うべく方向転換を行うため同所のレストラン香春岳入口の空地に一旦後退して入場し右ドライブイン入口より五、六米の処で停車し更に前方より発進して左側南車道のレストラン香春岳東入口道路の西端附近のセンターラインに接近して停車して下車しその場を離れたが折から訴外山中隆広が単車に乗車して左側車道を東から西に向け進行し当時降雨中で「モヤ」がかゝり前方の見透しが悪かつたため放置中の貨物自動車の後部に衝突したものであるが、かかる場合被告林律蔵は車両を道路に停車する場合は道路の左側端に沿い、かつ他の交通の妨害とならないように停車すべきであるところ左側車道の幅員は四・五米あるのに左端に寄ることなく道路の中央線より僅かに一・一五米位離れて停車しており、事故発生地点は極めて交通頻繁な県道であり而も降雨中で山岳の谷間であるため霧が深く前方の見透しが困難であるから事故を未然に防止するために道路の左側端に沿つて停車すべきにも拘らず漫然と車道中央線寄りに停車した過失により山中隆広に衝突せしめ頭蓋粉砕骨折脳挫滅及第四頸椎骨折により死亡せしめたものである。
二、被告の責任
被告岩丸産業株式会社は自動車の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により損害賠償の義務がある。
被告林律蔵は民法第七〇九条により損害賠償の義務がある。
三、損害
(一) 亡山中隆広の逸失利益 四六五万九、六二八円
右隆広は日本磁力選鉱株式会社の吉原鉱業所従業員として稼働し、年二回の賞与および諸手当を含み所得税を控除して昭和四二年度の年間収入は金四〇万三、三六〇円であり隆広は死亡当時三二歳であつたので政府の自動車損害賠償保障事業の査定基準によると六三歳まで労働が認められてあるから残り三一年間は就労可能であり総理府統計局の昭和四一年全国全世帯平均家計調査報告によると一人当りの生活費は一ケ月金一二、五三四円(年間金一五〇、四〇八円)であるから年間収入より年間生活費を差引き就労可能年数に応じて得べかりし利益の喪失をホフマン式複式計算によつて法定の中間利息を控除して算定すると金四、六五九、六二八円である。
(二) 亡隆広の慰藉料 二〇〇万円
右隆広は妻原告多賀子および母原告ロクを残し事故死を遂げたが僅か三二歳の若年で負傷後死亡した精神的苦痛は甚大であるから慰藉料は金二〇〇万円が相当である。
四、原告多賀子は亡隆広の妻であり、原告ロクは母で右隆広の相続人であるからそれぞれ相続分により亡隆広の損害賠償請求権を相続し、前記損害額の合計金六六五万九、六二八円の二分の一である各金三三二万九、八八一四円を取得した。
五、原告らの慰藉料 各一〇〇万円
原告多賀子は夫隆広の死亡により、原告ロクは一人息子である隆広の死亡によりそれぞれ精神的苦痛を受けその慰藉料として原告らに各一〇〇万円を相当とする。
六、損害の填補
原告らは強制賠償責任保険として二四〇万円を受領したのでこれを原告らの相続分によつて各一二〇万円ずつ原告らの損害額に充当した。
七、よつて原告らは各自被告らに対し金三一二万九、八一四円の損害賠償請求権を有するところ、その内金一五〇万円の支払を求める。」
と述べ、
被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項の事実中、被告林が被告会社の従業員であること、原告主張の日時、場所において亡山中隆広が単車を運転して停車中の被告林運転の普通貨物自動車に追突して死亡したことは認めるがその余は否認する。
本件事故は亡山中隆広の一方的過失によつて発生したものであり被告林には何らの過失はない。本件事故現場は国道二〇一号線上で道路幅員は八・四米で中央線が明示され、ほゞ直線コースとなつて見通しは良好であるところ被告林は本件事故当時普通貨物自動車を運転し右国道を田川市方面から行橋市方面に向け進行中、本件事故現場である田川郡香春町鏡山一、六八七番の一所在レストラン「香春岳」の前に至つたとき所用を思い出し転回すべく対向車道(田川市方面行き車道)に沿つてある右レストラン横の空地に侵入し更に方向転換のため三度に亘つて自車を前進後退させて本件事故現場に車首を田川市方面に向けて停車しサイドブレーキをかけ降車しようとした際自動車後部中央附近に亡山中運転の単車が衝突したもので被告林は道路左端より約七〇センチメートル隔てたところで車の右側は中央線より約一・五メートル離れた地点に車を停車させたものであり、停車直前前記レストラン横空地から車道に入るときも後方約一〇〇メートルの地点に亡山中の運転する単車を認め、十分余裕があつたので車道に出て停車したものである。しかるに亡山中は本件事故現場附近に居住し右地点がレストラン入口であり右レストランより国道内に入る車両があることは十分熟知していたにも拘らず全く進行方向に注意を払わず約二メートルの幅員のある被告貨物自動車の後部中央部に自車を激突させたことは亡山中の前方注視義務違反による無謀運転に起因するもので被告林には全く過失はない。しかも被告会社としてもかねて運転者に対し自動車運転上の注意を十分払い本件被告車については構造上の欠陥、機能の障害は全くなかつたので被告会社については自賠法第三条但書により責任は免除される。
仮にそうでないとしても本件事故については亡山中の重大な過失が一因をなしているのであるから損害額の算定については過失相殺がなされるべきであるが、自賠保険金は死者の限度額三〇〇万円であるところ被害者に重大な過失が存在しない限り右金額が支払われるのが常であるのに本件においては亡山中の重過失が明白であるため保険金支払額は二四〇万円と査定され右金員を原告らは受領しているので原告らの損害は右金員により十分填補されている。
二、第一項の事実は否認する。
三、第三項乃至第七項中原告らが自賠法保険より二四〇万円を受領したことは認めるがその余は否認する。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
請求原因第一項の事実中、被告林が被告会社の従業員であること、原告主張の日時場所において亡山中隆広が単車を運転して停車中の被告林運転の普通貨物自動車に追突して死亡したことは当事者間に争いがなく、右事実と〔証拠略〕によれば、被告林は昭和四二年一一月九日午前七時一五分頃被告会社の車を運転し福岡県田川郡香春町大字鏡山一、六八七の一番地先国道二〇一号線において行橋市方面に向け進行中、北九州市小倉区に用件があることを思い出し小倉方面に向け方向転換をするため同所レストラン「香春岳」入口の空地に一旦後退して方向を変え再度右国道に出るべく、右レストラン入口から国道へ出ようとしたが行橋方面へ約一〇〇メートルの地点に右レストラン方向に進行してくる亡山中運転の単車を認めたが十分余裕があると判断されたので車を田川方面に向けて国道に出て道路と平行する状態に車を進めたが同所で小用しようと考え直ちに道路左側に前記車を停車させると同時に亡山中の運転する単車が被告会社の車の後部に衝突したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
以上のとおり被告会社は前記普通貨物自動車の所有であり本件事故当時被告車を自己のため運行の用に供していたものというべきであるから被告会社は自賠法第三条の責任を有する。しかしながら被告らは本件事故は亡山中の一方的過失に起因するものであり被告車については構造上の欠陥、機能の障害が全くないので被告林はいうまでもなく被告会社も自賠法第三条の責任がない旨主張するので判断するに、〔証拠略〕によれば本件事故現場は田川郡香春町を東西に縦貫する国道二〇一号線上で幅員約八・四メートルのアスフアルト舗装道路、しかも直線道路で前方視野を妨げる物件はなく見透しは良好で事故当時は小雨模様であつたが見透しも悪くなく交通量も閑散であつたところ亡山中は雨具を単車の荷台に積んだまゝで着用せずヘルメツトをかぶつたまゝで小雨の中を単車を運転して本件事故現場にさしかゝつたが前記のとおり現場は直線道路で当時小雨とはいえ見透しも好いので亡山中が前方を注視する限り本件事故現場約五〇メートル手前頃からは道路左側のレストラン入口から国道に出る車の進行は十分認識できる筈であり被告車の車幅は約二メートルあるのでその認識も容易であつて被告車が国道へ出る際には亡山中との距離もさほど近接せず十分の余裕があつたのであるから亡山中が前方注視をする限り道路左側(歩道沿いの有蓋側溝に殆んど接近する)に停車寸前の被告車を事前に発見することができるのみならず、右車が停車寸前であることも直ちに認識することができ被告車の右側も中央線まで約二メートル弱の余裕があるので被告車との衝突を避け容易にその右側を通過しうるにも拘らず亡山中は小雨の中を眼鏡をかけて運転するため前方注視が不十分になつたのにそのままで進行し前方を十分確認できずに被告車の発見が遅れ前記単車を被告車の後部に衝突させたことが認められる。
右認定によれば亡山中の前方不注視が本件事故の原因をなしているものと思料される。
しかも〔証拠略〕によれば被告車の構造機能について欠陥、障害もなかつたことが認められるので被告会社の抗弁は理由がある。
そうであれば原告らの本訴請求はその余を判断するまでもなく失当といわねばならない。
よつて原告らの本訴請求はこれを棄却し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松尾俊一)